大人の河童

僕が湖に近づくと、長髪を水に濡らした亀が嘴をにいっと曲げた。

不登校か」

僕は逃げ出そうとするとそいつは緑の手で僕の腕を掴み、川の中へ投げ落とした。

必死になってもがくと、そいつが優しく水面へ持ち上げてくれた。

「ホテルに連れてってやろう」

 

そいつは自分のことを「ガワタロ」と名乗った。

シダの葉でお皿のような白い頭を撫でると、ガワタロの緑の体はみるみる白くなり嘴も甲羅も水掻きもなくなって、かっこいい長髪のお兄さんになった。茂みから乾いた浴衣を取り出して着て、今度は優しく僕の腕を引っ張った。

学校の人は制服を着て自転車で走っている。僕は見つからないようにガワタロの長身に隠れて歩いた。遠くにお城がある。お堀を曲がって、観光客に会釈をして、揺れる旗の前で足を止めた。

自動ドアが開く前に中からスーツのお姉さんが近づいている。

僕はガワタロのシャツを握ると、足が地面から離れた。

真っ暗で何も分からない。声だけが聞こえる。

「小川さんですね、荷物は次の便で…」

「ありがとうございます」

空中で方向転換する感覚がした。さらにぐおぉ、と上から空気で圧される。しばらく揺れていると、ぱちっと眩しくなって、次にドサっと地面に叩きつけられた。

「荒っぽくしてすまないね、甲羅に入れるのも重いんだ」

ガワタロはいてえと背中を掻いていた。ピンポーンとなったのでガワタロがはぁいと答えながら僕を向こうへ行くように指示する。そこは、広い部屋だった。

ゆり椅子がある。暖炉がある。大きなベッドが二つある。

テレビがある。カーテンがある。

そのリモコンが2つある。

窓がでかい。壁一面が窓になっている。その向こうにはお堀がある。緑の奥にちょこんと天守が聳えている。ベランダには河原と石と緑があり、まるで枯山水

また部屋を見る。テーブルにはおしゃれなランプ。真四角のティッシュ箱もある。コンセントもいっぱいある。

ドアが閉まったのを確認すると僕はガワタロの奥に走った。

そこにはお風呂があった。透明なガラスのドアに、浴衣に、洗面台には多種多様なシャンプーや化粧品が綺麗に並べられている。

お風呂は、半露天式だ。窓の外には、青空と、あのお城が見えていた。

ガラスのドアを押して濡れたタイルを蹴って丸いバスタブを覗き込む。青空を吸い込んで水色となる水の底、9つの銀色のブツブツがついている。

「ジャグジーって言うらしいね。ここのスイッチを押すとブクブクが出る」

「ガワタロ、あの……」

「好きに使ってよ。ワタシは風呂に入ってるから」

ガワタロが浴衣の帯を解くので僕はダッと浴室を抜けた。

いいのに、とガワタロが浴室の窓を開けながら笑っている。

入口のそばには不思議なドアがあった。開けると電気がついた。閉じると消えた。また開ける。上にはワイングラス2本、目線の高さにはコーヒーメーカー、コップ、ペットボトル水2本、ガワタロが浴衣の帯を解くので僕はダッと浴室を抜けた。

いいのに、とガワタロが浴室の窓を開けながら笑っている。

入口のそばには不思議なドアがあった。開けると電気がついた。閉じると消えた。また開ける。上にはワイングラス2本、目線の高さにはコーヒーメーカー、コップ、ペットボトル水2本、お茶や紅茶の小袋、お菓子。

一番下には冷蔵庫があった。開けるとビール瓶とまたペットボトルが2本入っている。

そっと閉じて別のドアを開ける。これはクローゼット。空のハンガーとファブリーズとゴキジェットあり。

その隣のドア。トイレだ。

一通り見終わって、ゆり椅子に飛び込む。

揺れるゆり椅子のせいか頭が整理できない。また浴室へいく。

ガラス越しに肌色の身体が見える。黒い長髪が輝いていた。

「見てねーでお前も来なー」

浴室から声がした。僕はあわてて部屋に戻ろうとするが、ドアを開けたガワタロの濡れた手に阻まれた。

「どういうわけか、人間の身体で洗うのが一番気持ちいいんだよな」

「……」

「頭から洗ってみな」

上に設置されたシャワーからお湯が流れる。頭からお湯を被る。ガワタロが僕の頭をわしわしする。

なんだか重荷が流されていくような気がした。

麻のようなガサガサのパジャマを着て大きなベッドに入る。

明日には何かが変わっているような気がした。